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45歳男性がゴミ屋敷で怒りをブチまける事情

茨城県に住むパート職員タイチさんの財布は、驚くほど膨らんでいた(編集部撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。今回は茨城県のある社団法人のパート職員、タイチさん(45歳)のケースに迫る。彼はうつ病とアスペルガー症候群だと診断されている。

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同じような家屋が並ぶ住宅街の中、その家はひときわ人目を引いた。真夏の日差しを浴びて生い茂る庭木。枝先が隣家にまでせり出している。玄関前には、雨ざらしにされた大量の書籍。大人の背丈ほどある本の山が今にも崩れそうだ。

茨城県のある社団法人のパート職員タイチさん(45歳、仮名)は、玄関前の書籍について「趣味が書籍の収集なんです。古本なら1度に50冊ほどまとめて購入することもあります」と説明する。なぜ、整理しないのかと尋ねると、一転して口調が激しくなった。

「リストに起こして整理をしようとしていたのに、地域の子ども会が廃品回収と称して勝手に持ち去って売ってしまったんです。敷地内にある本なのに! 不法侵入ですよ!! 興味のある本ばかりでしたし、中には貴重な学術書もあったのに。町内会に弁償にするように言っても、“子どもがやったことだから”と言って取り合ってくれません」

典型的な「ゴミ屋敷」に見えた

玄関を開けると、そこも書籍の山だった。左右に積み上がるビジネス書や小説、女性史や学校教育史など厚さ10センチはある専門書――。そのすき間を縫うようにして室内に入る。廊下には書籍のほか、新聞やボックスティッシュ、段ボールが散乱し、床が抜けそうだ。台所は、スーパーのビニール袋や弁当に付いてくる個別包装された調味料、ペットボトル、発泡スチロールのトレーがあふれかえり、足の踏み場がない。

私には典型的な「ゴミ屋敷」に見えた。これに対してタイチさんは怒りで声を震わせながらこう反論する。

「いらないものなんてひとつもありません。以前、親戚たちが片付けを手伝ってやると言って、食器やフライパン、鍋、日用雑貨などを全部、勝手に捨てていきました。結局、新しく買い直さなければならず、出費がかさみました。私はあの人たちのせいで、赤貧に落とされたんです」

そんな一方的な話が本当にあるのだろうか。私が疑問を投げかけると、町内会の会長になら連絡を取ってもいいと言う。そこで、会長に話を聞くと、事情はまったく違っていた。高齢の町内会長はタイチさんのことを「小さい頃からよく知っている子です。彼のお父さんとは一緒に地域活動もしたんです」と言って懐かしんだ。そのうえで、書籍をめぐる問題については困惑したようにこう説明した。

「子ども会が廃品として回収したことは一度もありません。ただ時々、本の山が崩れて道路に散乱するので、近所の人が元に戻すのですが、それを(タイチさんが)“足りない本がある”と言ってくるようです。本当は、玄関先に本を放置することは防火上、問題でもあるんです。伸び放題の庭木も(近所迷惑だから)切ってあげようとすると、“余計なお世話です”と言われてしまって……。でもね、悪い子じゃあないんですよ」

タイチさんが故意にうそをついている様子はない。しかし、両者の主張は完全に食い違っていた。たぶん、親戚たちにも、また別の言い分があるのだろう。

疲れやすく、勤務中に寝てしまう

タイチさんは首都圏の国立大学を卒業後、コンピュータ関係の仕事に就いた。しかし、半年後、試用期間が終わると同時に解雇。その後も、正社員や契約社員として複数の会社に入ったが、いずれも本採用に至らなかった。その理由について彼は、「疲れやすい体質で……。仕事中、気が付くと寝てしまうことが、たびたびありました」と打ち明ける。

この頃、上司や同僚によるイジメやパワハラにも遭ったが、そのたびに「ほかの人と比べて頑張りが足りないからだ。もっとちゃんとしなければ」と自分を責めた。しかし、ブラックコーヒーや栄養ドリンクを飲んでも、効果はなし。いったん就職をあきらめ、専門的な知識を身に付けるため有名私大の修士課程や通信制大学にあらためて入学。情報処理やシステムアドミニストレータ、簿記などの資格を取った。この間の学費はすべて親が負担したという。

サラリーマン家庭の一人っ子として育った。「経済的には恵まれていたと思います。小学校から高校まで家庭教師がいましたから」。しかし、大学に入り直した頃に父親が病気で他界。もう一度就職活動を始めようとした矢先、今度は母親の糖尿病が悪化した。

気がつくと、母親はテレビの前のソファに終日、座りきりとなり、自らオムツを身に付けるようになった。オムツは母親が自力で着脱していたが、たまに粗相をすると、タイチさんが汚れた床を掃除したり、衣類を洗濯したりしなくてはならない。母親はヘルパーによる訪問介護を拒絶。彼は次第にこうしたことが負担になっていったと言い、やむを得ず母親を入院させることに。入院当日の様子を「“大丈夫だから。入院はしたくない”と嫌がる母を無理やり自宅から連れ出しました。でも、私のほうも介護のせいで就職活動どころじゃなくて。正直言って、こっちも限界だったんです」と振り返る。

母親は糖尿病による壊疽(えそ)が進んでいたため、入院してすぐに足の指を切断する手術を受けたが、術後の状態が悪く、間もなく亡くなった。2011年3月、東日本大震災の発生からちょうど1週間後のことだったという。

ふと、手塩にかけたであろう一人息子から強制的に入院させられた母親の心情を思った。タイチさんに、お母さんは住み慣れた自宅で最期を迎えたかったのではないかと問うと、彼はこう言って、自身の判断の正しさを強調した。「そんなことはありません。地震で、母が座っていたソファの上に大量の本が崩れ落ちたんです。あの日、私が入院させなければ、母は震災で死んでいたと思います」

「アスペルガー症候群」であることが判明

2015年、タイチさんに大きな転機が訪れた。かかりつけの医師に勧められて受診した医療機関でアスペルガー症候群と診断されたのだ。自分はほかの人とどこかが違う。なぜ? 何かがおかしい――。長年、そう思い続けてきた彼は、大学に再度入学した頃から精神科などを受診。一足先にうつ病の診断は受けており、その後、新たにアスペルガー症候群であることが判明したのである。

アスペルガー症候群は、知的障害のない自閉症とも言われる。疲れやすさは典型的な症状のひとつで、診断が遅れるとうつ病などの2次障害を引き起こすこともある。タイチさんは「仕事が長続きしないことや、周りとコミュニケーションがうまく取れないこと――。障害が原因だったのだとわかり、納得できたことがたくさんありました」と言う。私自身、彼の障害のことを知り、それまでの話ぶりに合点がいった部分があったし、なぜかホッとした。

しかし、私が町内会や親戚との行き違いも障害と関係があるのかもしれないと水を向けると、タイチさんは表情をこわばらせ、「彼らとのことは別問題。絶対に許せません」と声を荒げた。普通以上の知的能力のある彼には、対人関係のトラブルに見舞われやすいのは障害のせいだとの自覚がある。しかし、個別の問題になると、頑として障害との因果関係を認めない。アスペルガー症候群やADHD(注意欠陥・多動性障害)などの人たちと関係を築くことの難しさは、たぶん、このあたりにもあるのだろう。

障害がわかって安心した面はあるものの、現実の厳しさは変わらない。
タイチさんは今、国などが設置を進める「障害者就業・生活支援センター」を通して正社員の仕事を探しているが、この2年間で臨んだおよそ30社の採用面接はすべて不採用。彼が正社員にこだわるのは、いつかは結婚して子どもを持ちたいとの希望があるからだが、最近は、相談員から非正規雇用での就労も検討するように促されている。

現在のパート勤務はフルタイムではないので、毎月の手取りは約8万円。アスペルガー症候群の診断後に受け始めた障害年金の月6万5000円と合わせても生活はカツカツで、「このままでは野たれ死ぬか、自殺するしかないですよ」と言う。

しかし、出費の内訳を聞けば、毎月、書籍収集に約1万円、電気代だけで約2万円がかかっているほか、郵便受けの修理に約20万円、毎年の正月にはおせち料理や松飾り、鏡餅の準備などに出費がかさむという。また、タイチさんの長財布が厚さ5センチほどに膨らんでいるので、中を見せてもらうと、金券ショップで格安で買ったという百貨店などの商品券がぎゅうぎゅうに詰まっていた。

毎月の出費にはいま少し節約の余地があるし、日用品は、格安商品券を使って百貨店で買うより、大型スーパーなどのほうが断然、安くつくのではないか。それとなくそう指摘したが、タイチさんは耳を貸そうとしない。やり取りが険悪になりかけたところで、私があきらめて言葉を飲み込むと、彼が突然、こんなことを言った。

「私のような障害のある人間に、自助とか共助とかを簡単に持ち出されても困るんです。自助、共助という言葉にどんなに苦しめられてきたか。私に必要なのは公助なんです」

貯金があるため生活保護を受給できない

確かに、特定の物事へのこだわりが強く、社会的コミュニケーションを取ることが難しいとされるアスペルガー症候群の人にとって、自助や共助だけでは、限界があるだろう。では、公助とは何か。タイチさんは現在、100万円ほどの貯金があるため生活保護を受けることはできない。生活保護に至る前段階の第2のセーフティネットといわれる「生活困窮者自立支援制度」の利用もない。一定割合以上の障害者の雇用を義務付けた障害者雇用促進法や、障害者差別解消法などの法整備は進んでも、彼が正規雇用の仕事に就けず、地域や人間関係の中で孤立している状態は何ひとつ改善されないままだ。

タイチさんには、ファミリーレストランで食事をしながら話を聞いた。彼がフォークとスプーンをきれいに使ってクリームパスタを食べる様子を見ながら、両親、特に母親が大切に育て、しつけたのだろうと想像した。

死にゆく間際、母親には無理やり入院させられたことへの恨みはなかったのかもしれない。ただ、生きづらさを抱え、地域や社会に居場所がない息子のことが心配で、心残りだったのではないか。私たちの社会が、アスペルガー症候群などの障害を抱える子どもの親が安心して先に逝ける社会を目指すべきなのだとしたら、その理想は、いまだはるか遠い。

本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

(藤田 和恵:ジャーナリスト)

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