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東洋経済オンライン

日本の高齢者は、なぜこうも「不機嫌」なのか

岡本 純子
5/16(火) 05:00

なぜ、日本の老人は「不機嫌」なのか(撮影:今井康一)

世界中に「怒り」が蔓延する中で、特に最近、日本で話題になるのが、キレる高齢者だ。駅や病院などでの暴力、暴言、犯罪などが取りざたされ、高齢者に対する若い世代の反感の声が強まっている。まさに、世代間闘争の様相を呈しているが、なぜ、日本の高齢者は「不機嫌」なのか。そこに処方箋はあるのだろうか。

この連載の過去記事はこちら

気がつくと、確かに、身の回りでも、頑迷で不機嫌なお年寄りを見掛けることが多くなった。筆者も先日、こんなシーンを目撃した。電車内で、やや足を伸ばして座っていた若い女性に対し、途中から乗ってきた高齢の男性がその足を軽くたたき、「邪魔じゃねえか」とキレ、つかみかかるようにして声を荒げた。その後、その女性も負けじと「あんた、触ったでしょ」と応戦、すさまじい言い合いバトルに発展した。高齢男性にとっては、その反撃が意外だったようで逃げるように降りたが、女性が猛然と追いかけていく展開となった。

別の日には、バスの中で、子供が泣いているところを母親が必死であやしていたのだが、後ろに座っていた老夫婦が顔を見合わせ、「ああいうのは親が何とかすべきだよねえ」などといらいらしながら話しているのを聞いた。

高齢者は本当に「キレやすい」?

保育園の建設に「うるさくなる」と反対する。若い駅員を怒鳴りつける。店員にいちゃもんをつける。人の言うことを聞かず、自分の主張ばかりを声高に叫ぶ――。そんなイメージばかりが増幅し、高齢者害悪論がはびこるが、はたして、高齢者は本当に若年層よりも「キレやすい」のだろうか。

確かに、高齢者が怒りやすい、という説はよく聞く。高齢になると脳の前頭葉が収縮し、判断力が低下し、感情の抑制が利かなくなるというものだ。また、男性の場合、男性ホルモンであるテストステロンが低下し、60代、70代になると女性の更年期にも似た抑うつ症状が起きるという。こういったことから、欧米でもGrumpy old man syndrome (気難しいお年寄り症候群)、Irritable male syndrome(イライラ男性症候群)といった症状が顕在化するとも言われている。

しかし、驚くことに欧米では、「年を取ると、より性格が穏やかになり、優しくなる」というのが定説だ。筆者も通算6年ほど、イギリスやアメリカで暮らしたが、お年寄りになればなるほど、話し方がゆっくりになり、気は短くなるというより、長くなる印象がある。一昔前までは日本でもこちらのイメージのお年寄りが多かったように思う。

科学的に見ても、そういう傾向を実証するデータは多い。今年1月にイギリス・ケンブリッジ大学の脳科学者たちは脳の分析調査を発表、「年を取るほど脳の前頭皮質が薄くなり、よりしわになることなどから、気が長くなり、穏やかになる」と結論づけた。

ケンブリッジの科学者の言葉を借りれば、「人間は年を取るほど、神経質ではなくなり、感情をコントロールしやすくなる。同時に、誠実さと協調性が増し、責任感が高まり、より敵対的でなくなる」のだそうだ。これはまさに、日本の高齢者に対する評価とは真逆である。

人は年を取るほど幸せを感じるはずなのに…

不満を抱える日本の高齢者。これは世界的な幸福度の調査からも垣間見える。そもそも、幸福度を測るランキング調査などにおいて、日本は先進国の中ではかなり低い順位に終わることが多い。たとえば国連の「World Happiness Report 2017」によれば、日本の幸福度は世界155カ国中51位。サウジアラビアやニカラグア、ウズベキスタンなどよりも低い。

OECDの「Better Life Index(2015)」によれば、人生に対する満足度は38先進国中29番目だ。これについては、日本人はこうした調査において、低めの点数をつける傾向があるとの指摘がある。だから、国際比較にはあまり意味がないという人もいるが、それはさておき、問題は、日本では年を取るほど、不幸だと感じる人が多いという結果である。

人は年を取るほど幸せを感じる人が増える。これは欧米などで顕著な傾向だが、日本では、まさにその逆。年代別の幸福度を追った調査では、先進国においては、幸せは若いころに高く、中年で低くなり、高齢になって再び上がるというまさにUカーブの傾向がある。17~85歳までの2万3000人を対象にしたロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの調査では、最も幸せなのは23歳と69歳だったそうだ。一方、日本では年を取るにつれ、幸福度が下がっていく。

年を取れば幸福になるという傾向について、英『エコノミスト』誌は「年を取るほど、争いごとが少なく、争いごとに対するより良い解決法を出せる。感情をコントロールすることができ、怒りっぽくなくなる。死が近づくと、長期的なゴールを気にしなくてよくなり、今を生きることが上手になる」と分析しているが、なぜ、こうした現象が日本では起きないのか。

これには多くの原因が考えられるだろう。朝日新聞の声欄では、「キレる高齢者が増えている」と指摘する若者の意見に対し、高齢者の立場からさまざまな意見が寄せられている。

「暇なんだ」「話し相手が欲しい」「自分にイライラしている」「私たちは一生懸命働き、そのおかげで日本は先進国入りをし、東京オリンピックまでやれた。お国のために働き続けてきた私たちの言動を大目に見てほしい」「昔のように3世代が一緒に暮らすことも、お寺で法話を聞いた後に他の信者と会話を楽しむことも少なくなった。人生に対する不安や不満を誰も本気で聞いてくれない。老年期は寂寥(せきりょう)感がつのるばかり」などといった声が集まった。

病気、身体的な不自由。金銭的な不安。さまざまな要素は折り重なるとしても、これは世界各国共通の話である。「なぜ、日本だけが」という話については、次回、専門家のインタビューで詳しく分析する予定だが、筆者が特に、大きな要因ではないかと考えるのは、高齢者の深刻な孤独感、そして、満たされない承認欲求だ。

以前、日本の中高年男性が特に孤独であるという話(日本のオジサンが「世界一孤独」な根本原因)を書いたが、社会的孤立感は幸福度を最も大きく下げる原因であり、都市化、過疎化、核家族化、少子化などによって、その度合いは年々、加速している。と同時に、人としての生きがいの重要な柱である「人に認められたい」という欲求が満たされる機会がほとんどなくなってしまっている。「承認欲求」は人間の根源的な欲求の1つだ。子育てや仕事で認められ、感謝され、必要とされていた自分がいつの間にか、邪魔な存在になっている、と感じるとき、人は生きがいを失うのではないか。

そこに重なるのが、「特に、経済的ニーズがない人でもいつまでも会社や組織にへばりつこうとするのか」という疑問だ。企業のトップなどを経験した後、顧問や相談役などとして、会社に残り続けようとする人たちは少なくない。今、大変なことになっている電機メーカーを含めて、顧問や相談役がワンフロアに集結し、「老人クラブ状態」というのはよく聞く話だ。何でも、こういう人々は、「部屋」と「黒塗りの送迎の車」と「秘書」、この3種の神器を失うことが何より怖いのだという。

エグゼクティブは退職後、チャリティ活動へ

ひるがえって、欧米などでは、企業のトップや幹部は日本のエグゼクティブの10倍も100倍も稼ぎ、とっとと辞めてリタイアメントライフを送るのを楽しみにしている。世界に散らばるセカンドハウスを行き来したり、好きな趣味に没頭したり、講演活動をしたり。リタイアメントはまさに、夢を実現する待ち焦がれた時間でもある。

こうしたエグゼクティブは退職後、チャリティ活動にいそしむ。たんまり稼いだおカネをごっそりと寄付し、〇〇図書館、××ホール、などと名前を冠した施設を造ってもらう、慈善事業に寄付して、ありがたがられる。また、それほど余裕がなくても、ボランティアなどして、社会貢献をする。こうしたことで「承認欲求」「名誉欲」を満たしていくのだ。日本ではこうした話はあまり聞かない。黒塗りに固執するおじさま方が恐れているのは、社会から認められなくなる、必要とされなくなる、そういった高齢者特有の喪失感なのだろう。

批評家の浅田彰氏は、「(ドナルド・トランプ勝利の背景には)白人男性を中心とする『サイレント・マジョリティ』の『承認』欲求、つまり、過剰な『承認』を受けているかに見えるマイノリティへの嫉妬と憎悪が異様に亢進していたことがある」と看破したが、日本のキレる高齢者の怒りのマグマの源泉は、同様の「満たされぬ承認欲求」といえるのかもしれない。

キレる高齢者が増えている、というが、それは社会全体に高齢者が増えたからそう見えるという側面はあるだろうし、単に、年を取れば、気が短く怒りっぽくなるからということで片づけられるものでもない。そうした意味で、高齢者を疎外したり、単に批判したりしても、何ら問題は解決しないし、今若くても、誰もがいつか同じように自らの成功体験をひけらかす頑固で怒りっぽい高齢者になるかもしれないのだ。

高齢者の承認欲求という渇望を満たすためには、新たな顕彰のシステムやコミュニティづくりのアイデアも必要だろう。また、世代間、さらに高齢者同士のコミュニケーションが、質量ともに絶対的に不足している。声をかける。あいさつをする。感謝をする。褒める――。何げない言葉がけや会話から、お互いをハッピーにするきっかけは生まれてくるはずだ。

(岡本 純子:コミュニケーション・ストラテジスト)

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