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人がメンタルヘルスの問題を抱える原因のひとつには、無意識の思考のクセによって必要以上にストレスやプレッシャーを自分自身に与えていることがあると言われます。
目の前のことを事実以上にネガティブに考えてしまい、自分自身の行動を制限したり生きづらさを感じたりすることにつながるケースも。
この記事では、「認知の歪み」について、原因や代表的な10のパターン、その具体例、治し方を、新宿ゲートウェイクリニック院長で精神科医の吉野聡先生に聞きました。
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【INDEX】
吉野先生は、認知の歪みを「人がそれぞれもっている、思考のクセ」と説明。
「認知の歪みとしてよく挙げられる例は、実は多くの人に当てはまるものばかりです。認知の歪みは『その人の考え方のクセ』。例えるならば、野球のピッチングフォーム(ピッチャーの投げ方)のようなものですね。ボールを投げるときの肘の角度や肩の高さに個人差があるように、考え方も人それぞれなのです」
程度や状況によっては、必要以上にネガティブな考えやうつうつとした気分をもたらすこともある認知の歪み。しかし、それ自体を“病気”のように捉えることは間違っているそう。
先生は、「その人がこれまでの人生を『うまく生きてこようとした努力の集大成』のようなもの」と話します。
「基本的なその人の性質もありますが、後天的に獲得するクセも多いと言われています。人は皆、人生で起こる様々なイベントや困難を通じ、時に悩みながら、自分をうまくコントロールしなければならないですよね。そういったなかで『こう振る舞ったら褒められた、評価された』といった経験を積み重ねるうちに、思考のクセがついていくのです」
「ネガティブな思考になりがちな人は、人とのコミュニケーションにおいて相手から否定的な反応を受けることが多かった傾向が見られます。たとえば、子どものときにテストで80点をとったとしましょう。親に点数を報告をして、返ってきた反応が曇った表情だった場合、『次は100点をとらないとダメだ』という思考になるのは自然ですよね」
「反対に、親の反応が『よくがんばったね! 間違えたところは理解が不十分かもしれないから、一緒に復習しよう』というものであれば、間違えた20点分も『どこの理解が不十分か明らかになった』というポジティブなイベントに捉えられ、『失敗も経験だ』というプラス思考が育ちます」
「置かれた環境で生き残っていかないといけないなかで、どう振る舞えば評価されたのか、その場をしのげたのか――そういった経験の蓄積によって思考のクセがついていくことが多いのです」
認知の歪みが、職場や人間関係などの社会的な側面に影響を及ぼしているなら、改善を考えてみて。
「世界保健機関(WHO)では『健康』を、『身体的、精神的かつ社会的に良好な状態』と定義しています。そして、この3つのなかでも特に難しいのが『社会的に良好な状態』です。これはその人が本来もっている力を、社会で十分発揮できているかどうかという問題です」
「認知の歪みが強いと、能力や性格といった、社会的な健康さの基礎となるその人の特性を発揮できなくなるという事態が起こります」
「たとえば、慎重な性格は悪いことではありませんが、慎重すぎるがゆえに行動をまったく起こせなくなっているほどであるとすると、その人の良いところが社会で活かせていないということになります。これが認知の歪みの問題です」と、先生は指摘します。
では、認知の歪みには具体的にどのようなものがあるのでしょうか? 認知行動療法の基礎を築いた精神科医のデビッド・D・バーンズは、「10種類の認知の歪み」として10のパターンを挙げました。ここでは、各パターンを具体例とともにご紹介します。
ただし、当てはまる項目がいくつかあるからと言って「自分がおかしい」とは考えないように。「認定の歪み」はどんな人も少なからずもっているクセだということをふまえたうえで、自分の生きづらさの原因になっているものがないかチェックしてみて!
「多くの人は、当てはまる項目が複数あるはず。『認知の歪み』は誰しもがもつものです。だからこそ、あれもこれも否定してしまうと、自分自身を否定することになってしまいます」
「私の診療では、患者さんが生活で困っていることの原因になっている『歪み』にフォーカスし、最も強く現れる傾向について掘り下げて話を聞いています」
物事を「白か黒か」「勝ちか負けか」で考えてしまう傾向。
1つうまくいかないと、すべてがうまくいかないと思ってしまう思考のクセ。
「誰かと何か小さなことで対立しただけで『あの人とはうまくやれないからもう関わりたくない』と思うなど、社会的に孤立してしまう原因にも」
起こった出来事をすべて悪い方向に解釈してしまう傾向のことを言います。この思考にとらわれすぎると、解決に向けた行動を起こせず、その人がもっているスキルや能力を発揮しづらい状況に追い込まれてしまう場合が。
悪い出来事をおおげさに捉える一方で、良いことは適切に評価できない思考のパターンが、これに当てはまります。人間、誰しもがしがちな考え方の傾向でもあります。
自分の気分や感情が良いか悪いかによって物事を判断してしまう傾向。
「感情的に決めつけることで、自分の可能性を狭めてしまいます」
中立的な出来事も、自己否定的にマイナス解釈してしまうというものです。
現実とは異なる悲観的で絶望的な結論を飛躍して出してしまう思考のクセ。先読みや深読みをしすぎるパターンです。
具体的な理由がないことも「〇〇すべき」と考えてしまう思考パターンを指します。
「『べき思考』が強すぎると、どうしても普段から窮屈に感じたり過剰なプレッシャーに苦しんだりすることに。特に、締め切りがある仕事をしている人がなりやすい考え方です」
状況や自分自身などについて、部分的情報から全体をネガティブに判断してしまう傾向です。
ネガティブな出来事の原因を、すべて自分の責任へと還元してしまう考え方のクセのこと。
「子育てにおいて、この傾向に陥いる人も少なくありません。『子どもが風邪ひいたのは、私が布団かけてあげなかったからだ』というように、すべて自分の責任にしてしまうのです」
「困っていることがないのであれば『認知の歪み』は良い個性」と、先生は強調します。
「私がよく申し上げるのは、『本人が困っていなければ、まったく問題がない』ということです。頭のどこかで常に失敗を想像してしまうようなネガティブ思考も、別に悪いことではありません。最悪の事態を予測していれば、そのために準備ができますから素晴らしいことです」
「『すべき思考』でも、たとえば『仕事は期限を守ってすべき』という考えなどは、仕事をまっとうするうえで当たり前のことで、必要な考え方でもありますよね」
注意が必要になってくるのは、不安感を覚えるなど、認知の歪みがあることによって体調や気分に異変が生じるケース。
「ネガティブ思考や『〇〇すべき』というこだわりが強すぎて、自分で窮屈に感じたり、不安感を抱きやすかったりするのであれば、『認知の歪み』が過剰な状態だと言えます」
「特に困りごとがなく生活が円滑にできているのなら、矯正する必要はないと思いますね」
自分の認知の歪みに気がつき、それを治したいと思った人もいるのでは? 吉野先生によると、「思考を整理するためにも、頭のなかの考えや気持ちを言葉や文字にすることが有効」なのだとか。先生がおすすめする方法は次の2つ。
「自分の気持ちを文字に書き出してみると、偏った考えから、他の考え方を見つけやすくなります。書き方にはこだわらなくてOKです。箇条書きでも充分。主観的な“気持ち”を客観的な“文字”に落とし込むことによって、冷静さを取り戻すきっかけになります」
「後々読み返してみることも、歪みを治すことに効果的。似たようなことでまた悩んだときに、過去に自分がどう乗り越えたのか思い返すこともできますし、『くだらないことで悩んでいたな』と気づけるかもしれません」
「大野裕先生の『こころが晴れるノート』という本がおすすめです。ドリル形式になっていて、ワークを通して気持ちの整理ができ、『認知の歪み』の修正しているという実感がもてます」
「もちろん専門家へ相談するのも良いですが、心を許せる人がいるのであれば、まずはその人に話してみてください。人は何かに本当に悩んでいるとき、大切な人にはそれを言わない傾向があります。『心配をかけたくない』という心理からです。しかし、自分に置き換えてみてください。大切な人が悩んでいたら話してほしいと思いますよね? 心の状態が悪くなる前に話してほしいと、思うはずです。あなたの大切な人も同じ気持ちでしょう。また、そういう人から言われた意見は素直に受け入れられるものです」
精神科医など専門家を頼るのも一つの手。モヤモヤや悩みを「言語化」する手助けを受けられるはず。
「精神科医は患者さんのすべてを理解しているわけではありません。しかし、専門家に相談することの良いところは『話を聞くプロ』であることです。悩みを言語化するお手伝いをして、解決に向けた1歩に導きます。自分の思考や気持ちがわからなくなってしまったときは、ぜひプロに相談をしてください」
新宿ゲートウェイクリニック 院長
精神科医 吉野 聡先生
吉野聡産業医事務所代表・精神科産業医。ゲートウェイコンサルティング株式会社代表取締役。2007年筑波大学大学院博士課程修了。著書に『職場復帰を成功させるための30日ノート』(現代けんこう出版)、『「現代型うつ」はサボりなのか』 (平凡社新書)、『それってホントに「うつ」?』 (講談社+α新書)など。