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スージー鈴木の『Now And Then』第8回
2025年は、矢沢永吉ソロデビュー50周年となる節目の年だ。
中島みゆき、浜田省吾(バンド「愛奴」として)、山下達郎(バンド「シュガー・ベイブ」として)など、大物音楽家がデビュー50周年を迎えるアニバーサリー・イヤーだが、とりわけ「矢沢永吉50周年」のインパクトは大きいと思う。
50周年を記念して「俺たちの矢沢永吉展」が6月に開催される。「ステージ衣裳・愛用楽器・写真・本人の私物、直筆の譜面展示の他、YAZAWAを支えご賛同を頂けた皆様からYAZAWAに関連する様々な品々を集め」「正式な展示作品」とする展示会だ。面白そうだ。他にも、50周年記念のいろいろな活動が展開されていくのではないか。

さて私(58歳)たち世代は、矢沢永吉の凄みを知っている。矢沢永吉がガンガンのし上がっていく姿を、リアルタイムで見てきた世代である。
しかし、である。矢沢永吉に対するシンパシーに関して、私と周囲とでは、どうも決定的な段差がある気がするのだ。
理由は分かっている。私が思春期の頃、穴が空くほど(実話。綴じるところがボロボロになって買い替えた)熟読してしまったからだ、あの本を――。
『成りあがり』――矢沢永吉という人間に決定的なシンパシーを抱かせる、まさに決定的な一冊だ。
まず単行本として、小学館から1978年に発売。その後、矢沢永吉本人の同時並行的なブレイクもあって、角川文庫になって以降も長く売れ続け、何と累計約200万部と言われる。それどころか、続編とも言える2001年の『アー・ユー・ハッピー?』(日経BP、角川文庫)も約100万部売れたと言われるのだから、私にとって矢沢永吉は、超一流の「作家」だ。
ミュージシャン本をたくさん読んだが、『成りあがり』の面白さは格別にして別格。これまで私が読んだ中で「いちばん面白いミュージシャン本」と断言できるし、さらにいえば、私が読んだ中で「いちばん面白い本」の1つとも言える。
という『成りあがり』好き=ナリアガラーな私が、この本を特におすすめしたいのは若いビジネスパーソンだ。この構造的な不景気と戦い続ける若者には「成りあがり」スピリットが必要だと、30年間勤め上げた元会社員として、強く思うからである。

そしていま書店に溢れている「●歳までに」「●分で出来る」「△△は□□が●割」と謳うビジネス本よりも、よっぽど参考になると断言できるからでもある。
というわけで、以下この本の魅力を説明した上で、最後はこの本の中にあるフレーズの中で、若い会社員におすすめしたいベスト3(+次点)を選んでみたので、味わってほしい。
では、何がそんなに面白いのか。「そりゃ、矢沢永吉の歩んできた人生が劇的だから」ということになるのだが、でも、それだけでは200万部も売れない。やはり書籍として、商品として、抜群の完成度なのだ。
『成りあがり』の魅力ポイントとして、まず指摘したいのは、独特の「生々しい口述筆記体」の魅力である。
――成りあがり。大好きだね、この言葉。素晴らしいじゃないか(改行削除、以下同様)
本自体は、時代の寵児となる直前の糸井重里が、矢沢永吉に張り付いてインタビューしたものをまとめなのだが、通常のインタビューのように文章を整えることなく、上の引用のように、矢沢永吉がしゃべったそのままを文字にしている(ように感じさせる文体を採用している)のだ。
だから読んでいるうちに、まるで、自分の目の前にいる矢沢永吉がまくし立てているようなイメージが広がってくる。『成りあがり』の魅力は、まずこの文体にある。
続く魅力ポイントとして、書かれている内容が、「絵に描いたように分かりやすいブレイクストーリー」ということも大きい。
広島に生まれ、横浜でアマチュアバンドを組み、そして東京へ、全国へとのし上がっていく物語。もちろん多少の紆余曲折はあるものの、これほど分かりやすい一直線の物語はないだろう。なので読後感が痛快なのだ。
もちろんその背景には、矢沢永吉青年の猛烈な行動力があるのだが、加えて、「いい音楽を追求したい」という観念論よりも、まずは「売れたい」「ビッグになりたい」という具体論が先立つのが、また痛快。
「十メートル先のタバコ屋にもキャデラックで行って、ハイライト一個を買えるぐらいの男になりたい」(『アー・ユー・ハッピー?』)という、矢沢永吉の有名な発言には、当時も今も心が熱くなる。
しかし『成りあがり』のいちばんの魅力は「あけすけなリアリティ」ではないかと、私は考えるのだ。
嘘をついていないのではないか。盛っていないのではないか。実際は分からないが、少なくとも私は思春期の頃、書かれていることすべてを真実として捉えた。
例えば、キャロルの前段階として、「ヤマト」というバンドでブレイクしかけるのだが、それが突然、頓挫する理由が、ありがちな「メンバーの音楽性の違い」なんかじゃなく、何と矢沢永吉の「親知らず」だというのである。
――オレが、歯を悪くしたわけよ。オヤシラズ。 死にそうになったんだ。(中略)それで、腐ってきだしたわけよ、奥歯が。化膿しだしたのね。強力に。ものすごく腫れたわけ。口が開かなくなるほどだった。(中略)結局、一か月間、バンド活動ができなかった。一か月後に戻った時に、バンドは、もうダメだった。
親知らずについて、これだけリアルに書かれているミュージシャン本は、世界広しといえど『成りあがり』だけだろう。
以上のような仕立てによって、『成りあがり』は約200万部売り切った。延べ200万人に、決定的なシンパシーを抱かせた。そのシンパシーの束が、ソロデビューから50年経った令和の今でも、矢沢永吉を別格的存在に君臨させているのだと思う。
では最後に、私が選ぶ、若いビジネスパーソン向け「『成りあがり』傑作フレーズ・ベスト3」を紹介する。これらのフレーズにご興味を持たれた向きは、ぜひ手に取ってほしい。まずは3位。
――「あと五年かかるか、十年かかるかわかんねえけど、おまえら全員、土下座させてやる!」
広島時代に「おばあちゃんが貧乏しながらでも買ってくれた」ドラムセットがあったのだが、いつのまにか、なぜか親戚のおじさんの家に移されている。返せと言っても返してくれない。あげくの果て、おじさんから上から目線で「売ってやる」と言われた直後に、矢沢永吉が放った言葉だ。
あなたも仕事に関しての夢や希望を持っているはずだ。しかし、この世知辛い世の中、それらが叶う確率は、正直高くない。
しかしそれでも、人事面談、いや日々毎日そこかしこで、とりあえず言葉として語っておく。そうすると言葉が既成事実となって、夢や希望に向けて、少しずつ物事が動き出していく。そしていつか、語ったことを実現してオトシマエ(『成りあがり』頻出語)を付ける。
そう、有言実行。矢沢永吉は有言実行のプロフェッショナルだ。不言実行なんて、誰も気付いちゃくれない。もう流行らない。若き矢沢永吉のように、これからは有言実行しかない。続いて2位。
――「永吉、お疲れさん。もうちょっとの時間、旅、長いから頑張れよ。きょう一日は、ともかくごくろうさん。おまえも最近やつれてきたな」
ソロとして成功した後、風呂の中で鏡を見ながらつぶやくシーン。勝って勝って勝ちまくってきた矢沢が、ちょっとだけ弱みのようなものを見せる、ほのぼのといいシーンである。
自分の会社員経験でいえば、会社というのは、自分をゆっくり見つめるタイミングのないところである。特に最近はテキパキ・ツメツメ・効率効率と、とてもせわしないと聞く。そして突然、メンタルやフィジカルがイカれてしまう――。
だから少しでも時間があれば、自分を見つめに会社を抜け出す。銭湯やサウナがいい。リモートワークなら自宅のシャワーだ。そして若い若いと思っていた自分が、案外やつれてしまっている鏡の中の姿を、まぶたにしっかり焼き付けるのである。
メンタルとフィジカルの保全のためには、矢沢永吉同様、まずは「おまえも最近やつれてきたな」と自分に言ってあげることだ。
ここで「次点」として、次のフレーズを滑り込ませたい。
――オレ、二十八年間も人間やってて、ミュージシャンもそうとう長いことやってて、金払ってレコード買ったの何枚あると思う? レコード屋行って、買ったの。四枚。
のちに私は、「レコード何千枚何万枚も持ってる」と主張する音楽家をたくさん知ることになるのだが、そういう音楽家を知るごとに「四枚」のリアリティが増してくる。ロックは知識じゃないのだ。
会社にはビジネス本マニアとでもいうべき人種がいる。口癖は「これ読んだ?」。数じゃないんだよ。そういう上司がいたら「矢沢は四枚」「オレはこの一冊」と言いながら『成りあがり』を突き出しなさい。いよいよ堂々の第1位!
――オレは、おまえらとは、夢が違うんだ。
アマチュア時代、一歩でもスターに近付くために他のバンドのドラマーを引っこ抜く矢沢永吉。当然、そのバンドのメンバーは激怒し、矢沢に喧嘩を仕掛ける。対して矢沢は「夢が違うんだ」と居直る。『成りあがり』最高のフレーズだ。
特に「違う」がいい。「夢が大きい」ではなく「違う」。
会社員をしていると、ついつい「出世」というたった一軸の夢ばかりを抱いてしまう。しかし「違う」と強く自認識する。自分を少数派と思う。すると、会社仕事の中では見えない景色が見えてくるのだ。
字数が尽きた。この話の続きは拙著『幸福な退職』(新潮新書)や『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)にて、と宣伝。いや今回は、まず『成りあがり』を先に。
そう言えば冒頭で書いた「俺たちの矢沢永吉展」で、矢沢永吉の親知らずは展示されるのだろうか。と思い、『成りあがり』をもう一度、読み直す。
――「先生、その歯、記念にください」って言った、オレ。「ああ、いいよ」 もらって帰った。捨てたけどね、家に帰ってから……しばらく眺めてから。
捨てたのか!残念。では「四枚」のレコードを飾ってもらうとするか。
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筆者連載〈「1995年のMr.Children」は年間ベストテンに3曲もランクイン…30年経って気づいた「売れまくった理由」〉も続けてお読みください。