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8日間にわたるモンゴル訪問を無事に終えた天皇、皇后両陛下。過密公務が続く中、体調が心配された皇后雅子さまだが、晩餐会では品のよい優しい色合いの着物をお召しだった。そして翌日、天皇陛下と最高の笑顔を見せた大草原で着用された淡いジャケット。実は、これは日本の「絞り染め」の生地を仕立てたお召し物。日本の職人技を洋装に生かした雅子さまの「令和流」がまたひとつ、広がった海外訪問であった。
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スポーツの祭典「ナーダム」の開会式では、皇后雅子さまの民族衣装をイメージさせる青の衣装が話題を集めた。
そして翌日は、陛下と雅子さまは、大草原にあるイ・ドローン・ホダグ競馬会場で、100頭以上のモンゴル馬が雄大な草原を20キロにわたり駆ける競馬競技を観戦した。
ゴールに近い席から双眼鏡を手に、満面の笑みで騎手の子どもたちに手を振るおふたりは、淡い白系を基調とした装い。雅子さまは、草原色の淡い黄緑のパンツを選ばれた。
興味深いのは雅子さまのジャケットに使われた生地だ。
「日本の伝統工芸である『絞り染め』の生地を洋服に仕立てた、ロング丈のジャケットをお召しです」
そう話すのは、京都市で京友禅の誂えを専門とする「京ごふく二十八」を営む原巨樹(はら・なおき)さんだ。
「皇后さまがお使いの『絞り染め』の生地は、淡藤色(あわふじいろ)の地色に、淡黄(たんこう)と淡い黄緑色で染め分けたものです」
絞りの『染め分け』は、手間と根気を要する技法だ。また、淡藤の色味に馴染むような優しい色出しがなされている点が、目を引くという。
いまも残る「絞り染め」の産地としては、「有松絞り」で有名な愛知県の有松鳴海や、「京鹿の子絞」で知られる京都などが有名だ。
職人の高齢化や後継者不足から、日本各地の伝統工芸は、消滅の危機にさらされているものもある。
そうしたなかで、雅子さまが和の伝統工芸を施した生地を洋服に仕立てたように、ファッションブランド「イッセイミヤケ」も絣(かすり)や絞りの生地を用いたデザインをパリ・メンズファッションウィークで発表するなど、日本各地に残る伝統技術を洋服に生かす挑戦も行われつつある。
原さん自身も、和装アパレルブランド「Play KIMONO」で、小袖Tシャツといった商品を展開するなど新しい試みに挑戦しているひとりだ。
ただし、和服の生地で洋服を仕立てる際に、「和服」感が出過ぎると、洋服のスタイルに馴染みにくくなるなど、バランスが難しいという。
「その点、皇后さまのお召し物は、『絞り染め』の共布を用いた帽子も合わせて、生地もデザインもエレガントに仕上がっている。さすがだと感心します」
この日に先立つ7月8日、雅子さまは、モンゴルのフレルスフ大統領主催の晩餐会で京友禅の訪問着をお召しだった。
象牙色の地に白い葉が描かれた、シンプルな訪問着だ。
通常、晩餐会での和装といえば、地紙や宝尽くしといった吉祥柄を、金箔などで豪華に仕上げた着物をお召しのことが多い。
しかし、この日の雅子さまは、
「白い葉を際立たせるために、淡いグリーンである白緑(びゃくろく)色のぼかしと、メインになる葉には金駒(きんこま)刺繍を加えて品よく仕上げた訪問着をお召しでした」(原さん)
晩餐会で、夜間の男性の正礼装とされるのは、燕尾服(ホワイトタイ)または民族服。準礼装とされるのが、タキシード(ブラックタイ)または民族服だ。晩餐会でのドレスコードがどちらになるのかは、相手国との相談の上で決められる。
この日の晩餐会では、モンゴルの大統領も天皇陛下もスーツにネクタイ姿。雅子さまもドレスコードに合わせて、華美過ぎず優しい柄行を選ばれたのだろう。
雅子さまは、晩餐会であっても訪問着に帯留めや指輪、イヤリングといたアクセサリーは身につけない。それが一層、着物の優美さを引き立てる。
そして一見、控え目な柄行でも職人による最高峰の技巧が込められているのが、皇后さまのお着物だ。
原さんによれば、葉の意匠に用いられた希少な技術のひとつが、もち米や糠を主成分とした「真糊(まのり)」による「糸目」の技術だという。
友禅染は、まず図柄の輪郭を細く絞り出した糊(のり)で、生地に描く工程からはじまる。生地を染め残して輪郭を優美な白い線で表現するのが「糸目」の技法だ。
さらに、葉の白い部分は、胡粉(ごふん)という白い粉を塗ることで艶を抑えた質感に仕上がっているという。
雅子さまをはじめとする女性皇族は、国際親善の接遇の場に着物で臨むことも少なくない。
しかし、着物を着こなすのは体力が必要だ。ましてや海外訪問といった注目の集まる国際親善では全方位に人の目やカメラが回るため、気が抜けない。ましてや、モンゴル訪問のように大草原に足を運んだり、天候に恵まれなかったりする場面など着物が不向きな場もある。
「そうした状況を鑑みると、実用的な洋服で臨まれるのは当然です。一方で、皇后さまは、そのお洋服に、日本の職人技が込められた着物の生地を用いることで、日本の伝統工芸を海外の方に伝えてくださった。それは我々、着物に携わる職人や人間によって何より価値のあることで、嬉しいことでした」
8日間のモンゴル訪問から帰国された陛下と雅子さま。7月18日からは、長女の愛子さまもそろって、那須の御用邸での静養に入られた。
(AERA 編集部・永井貴子)